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『CURE』にはじまり、『カリスマ』『ドッペルゲンガー』『ニンゲン合格』『トウキョウソナタ』etc..と、その作品の多くに触れてきた黒沢清。
本作への一般的な評価は低いが、この人の作品は人を選ぶのは明らか。
むしろ一般的な人に嫌われてこそ、自分を揺さぶる何かがあると信じて、映画館へ足を運んだ。
なんだかんだ言って、映画館で観るのは『CURE』以来かもしれない。
 
その結果はというと、、、黒沢清ワールド全開で、期待が裏切られることはなかった。

”クリーピー”、つまり、”ぞっとするような気持ち悪さ” は全編を通じて充満している。
偏った楽しみ方だとは思うが、とどのつまり、この映画はその気持ち悪さを楽しむ映画なのだろう。

観ている最中に、ふと塚本晋也監督の『ヴィタール』を思い出した。『ヴィタール』はヴィジュアルのホラー要素が強いのに対し、本作はメンタル部分の、得も言われぬ雰囲気の気持ち悪さが強いという違いはあるにせよ、似たような雰囲気がある。

冒頭早々から、警察署内でサイコパスな連続殺人犯松岡(馬場徹)に署内にいた女性が惨殺され、息を抜く暇は与えられない。

特筆すべきものの一つがカメラワーク。気味の悪さを煽る。
印象に強く残るのは、西野邸の玄関に入ったシーンの撮り方。
最初にシチューを持った康子(竹内結子)が入り、次に野上刑事(東出昌大)が入り、さらに谷本刑事(笹野高史)が入る。
彼らの動きに合わせてカメラも動くかと思いきや、あるところでカメラの動きは止まり、彼らが玄関に入って何を見ているのかがわからない。そうすることで、観ている側としては「え?そこに何があるの?」と想像してしまう。

また、同じく西野邸まわりで、物が風に揺れているのが象徴的に使われているのも、不安感を煽ってくる。
門扉に続く小径の左側にある建物の脇のシートが常に風に揺れている様。
家の中で、康子が放心状態で佇む部屋の奥でも何かが風に揺れている。

以下、ネタバレあり。

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隣家に住む変人西野を香川照之が演じている時点で、誰しもコイツが犯人だろうと思う筋書き。しかしてその通りなわけだが、そうわかって観ていても香川の気持ち悪さは収まることなく、むしろ増幅していく。

それは、無慈悲に澪の母(最所美咲)を銃で撃つといった激しさにあるのではなく、澪に対して「厄介に巻き込まないでよ」とあたかも澪家族が悪いかのような物言いをしたり、母親の死体を始末させることにまったく何も感じていなそうな仕草から喚起されるもののように感じる。

西野がその筆頭であるが、他の登場人物の多くも、どこかしら病んでいる。

高倉(西島秀俊)は概ね穏やかで思慮深いが、日野市一家三人行方不明事件で一人だけ残った本多早紀(川口春奈)に西野の写真を確認させるシーンでは感情が爆発。

康子も何かを我慢して過ごしてきており、西野と触れ合ったことでその感情が抑えきれなくなっている。そもそも、隣家への引っ越し挨拶に手作りのチョコを持っていくという発想がかなりおかしい。変人だとわかっているのに、たいして親しくもない西野の家へ残ったシチューを届けるというのも、今の時代ではかなり稀なことだろう。

ラスト、夫婦で抱き合って慟哭するシーンで、ようやく康子が正気に戻ったことがうかがえた。
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竹内結子を映画で観るのは『いま、会いにゆきます』以来。彼女の声のトーンや、話し方は自分の好みだということを再認識できた。

捉えられている澪(藤野涼子)もその置かれている立場上仕方ないのだろうが、不安定に描かれている。ラスト、西野が銃殺されると、その死体に向かって大笑いし「ざまーみろ」と言い捨てる様も普通の精神状態ではない。(この部分は、園子温の『冷たい熱帯魚』を思い起こさせる)
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澪が、高倉に云う「あの人、お父さんじゃありません、全然知らない人です」というセリフがチラシやポスター等で前面でフィーチャーされている。しかし、意外に作品のなかではあっさりとした扱いに留まる。

高倉の元後輩である野上刑事を演じた東出昌大。佇まいや話し方など、やはり魅力的な役者だなと思わされた。
本作では登場シーンは必ずしも多くはないので、別の作品でもその演技を見てみたい役者である。

 
ラスト、なぜ高倉は正気だったのだろう。
西野が油断して薬(か何か)の投与を誤っていたか、もしくは康子が少なく投与していたのか。いずれにせよ、肝心な部分の説明は結構省かれている。

西野がなぜあの立地の家を、引っ越し先(のっとり先)として選定しているかも説明はない。
本多早紀がなぜ西野のターゲットに入っていなかったのかについても謎のままである。
もしかすると、これらは、大学の講義のシーンで高倉自身が説明していた、秩序型にも無秩序型にも入らない、すなわちFBIの犯罪心理分析も歯が立たないタイプの連続殺人犯に、西野が該当することを示しているのかもしれない。

本作が原作とかなり違う内容になっているのも監督の趣向だろう。それにしても、気味悪さを増幅させる環境づくりへの監督の並々ならぬこだわりが随所に感じられる映画である。死体を袋に入れ掃除機のような機器で空気を抜くという作業は、腐敗防止という実際的な意図もあるのだろうが、それ以上にこのシーンからは、その空気を抜いている様を映像に撮りたいという監督のフェティシズムがひしひしと伝わってくる。西野邸にあんな地下室があることの非現実さなんてどうでもいいことのように思える。

本作を観て「ただ気持ち悪くなっただけ」という感想を吐く人が多いというのも納得ではある。ただ、繰り返しになるが、この映画はその”気持ち悪さ””気味の悪さ”を黒沢清監督がどう作り上げるかを、楽しみながら観る映画なのだ。仕方ない。

製作総指揮: 大角正
監督: 黒沢清
脚本: 黒沢清 / 池田千尋
原作: 前川裕
撮影: 芦沢明子
美術: 安宅紀史
音楽: 羽深由理
出演: 西島秀俊 / 竹内結子 / 川口春奈 / 東出昌大 / 藤野涼子(澪) / 戸田昌宏(大川、大学の助手) / 馬場徹 / 最所美咲(多恵子、澪の母) / 笹野高史 / 香川照之
制作会社: 松竹撮影所
製作会社: 「クリーピー」製作委員会
配給: 松竹 / アスミック・エース
公開: 2016年6月18日(日)
上映時間: 130分
 
【世間の評価】 ※2016.7.7時点
CinemaScape: 3.6/5.0 (14人)  
Yahoo! 映画: 2.85/5.00 (1,050人)
IMDb: 6.6/10.0 (115人)
Rotten Tomatoes(Critics): -/10.0 (0人)
Rotten Tomatoes(Audience): -/5.0 (0人)
 
@渋谷シネパレス