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まずは、そのタイトルの奇抜さに、興味を惹かれた。

ELLEの元編集長が主人公の実話をベースとした話。
悲劇からスタートする話ではあるが、主人公のジャンドー(マチュー・アマルリック)の知性、我慢強さに加え、フランス語による静かな語り口だということもあり、静かな気持ちで観ることができる。

ところどころ文学的でもある。
そもそも、身体全体の自由を奪われた“ロックト・イン・シンドローム(閉じ込め症候群)の状態を、重い潜水服を着せられたようと比喩している時点で、かなり文学的だ。

また、音楽も鎮痛剤のように効いてくる。

この状況になったことは大きな事件だが、その先にそれを凌駕するほどの大きな事件はない。
そのこともあってか、観終った直後は、もうちょっと心揺さぶる強いものが欲しく感じた。
しかし、観終ってしばらく経って、映画のシーンをいくつか思い出すと、もう一度観たいと思っている自分がいる。

「潜水服は蝶の夢を見る」のあらすじ

42歳、雑誌『ELLE』の編集長であるジャンは、ある日病院のベッドで目覚める。すると、意識ははっきりしているし音も聞こえるが、言葉を発することはできず、左目以外の全身が全く動かせない。絶望にうちひしがれるジャンだったが、やがて言語療法士アンリエットや理学療法士マリーらの協力で、左目の瞬きでコミュニケーションをとる方法を会得していく。そしてある日、彼は自伝を書くことを決意する…

自分と主人公の年齢が近いこともあって、より親身になって観れたからかもしれない。
対子どもたち、対元妻、対元恋人、対父親、そして口述筆記をしてくれている対クロード。
いろんな思いが浮かぶ。

以下、ネタバレも含みつつ、印象に残ったシーンを振り返る。

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冒頭近く。右目は開いたままで渇いてしまうため、縫われてしまうシーン。
医学的に仕方がない事なのだとは思うが、ぞっとする。

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理学療法士のマリー(オラツ・ロペス・ガルマンディア)と、言語聴覚士のアンリエット(マリー・ジョゼ・クローズ)。
この美しい二人が担当についてくれても、触れることはおろか、口で話すこともできないのは、歯がゆいことだろう。男として非常に実感が湧く苦痛。

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父親の髭を剃るジャンドー。作品全体を通して、父と彼との結びつきの強さが伝わってくる。
だからこそ、父親からの電話のシーンには静かな感動があった。

黒人の友人ローラン、面構え良し。
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ローランに本を読んでもらうシーン。
彼に読んでもらいたかった本はバルザックかグレアム・グリーンとあったが、実際にどの本が読まれたかのかは自分にはわからなかった。

ちなみに、もともと、ジャンドーが出版しようとしていたのは、デュマの『モンテクリスト伯』の現代版。こんな名作を変えようとしていたことで罰があたったんだとジャンドーは後悔するが、いずれにしても、この魅力を備えるジャンドーを形作る一端をなしている、これらの本を読んでみたい気持ちになった。

 
口述筆記のシーンでは、eから始まる特殊のアルファベットが、何度も何度も繰り返される。
これを聞いているだけで、言う側、聞く側ともに大変な忍耐が求められていることがよくわかる。
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聴き取り作業にまだ慣れない頃のクロード(アンヌ・コンシニー)。アルファベットを完全には覚えていないうえ、アルファベットを読むときに目をジャンドーの顔から離してしまっていることもあった。

 
信心深い元恋人のジョゼフィーヌ(マリナ・アンズ)の存在もあり、本作には宗教色も漂っている。
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ジョゼフィーヌが買いたいといい、二人が揉める原因となった一点もののネオン付きマリア像。
宗教的な聖なるものと、人工的な赤いネオン、そして背景の青い色が混ざっていることで、得も言われぬ雰囲気を醸し出している。
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このマリア像のネオン部分を通して、ベッドの上に横たわるジャンドーとジョゼフィーヌを撮ったこのカットには、ネオンの鬱陶しさと淫靡さ、そして聖と性が混在しており強い印象を残した。観るべきところがあった。

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この作品の象徴たる潜水服。ジャンドーの膨らむ妄想の中で、恋するクロードを海底に引きずり込んでしまうことを危惧している。

本作の原題を直訳すると、「潜水服(潜水器)と蝶」。
それを邦題にするときに「潜水服は蝶の夢を見る」と変えたのだ。
かなり女性寄りのタイトルになってしまった感はあるが、センスある。
夢を見るなら潜水服ではなく潜水者なんじゃないかと思っていたが、原題との兼ね合いの事情がありそう。

なお、実際のジャンドーは、原作「潜水服は蝶の夢を見る」の出版から10日後に、合併症の肺炎による急逝したとのこと。
まだ若く、才能ある人物だけに残念だ。

 
蛇足情報を二つ。

一つは、作中で使われていた
“ヌキテパ”という単語。
響きがやたら頭に残っていたので意味を調べたら、”HOLD THE LINE”、すなわち「電話を切らずにお待ちください」の意だった。

もう一つは、ジャンドーが乗っていて意識を失った時に運転していた車は、私も好きなマセラティだった。
フランスの映画なのに、イタリア車なんだなあ。

 
最後に、バージョン違いのチラシ・DVDパッケージデザインを紹介。
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日本語版。これは上手い。日本人の好きそうなテイストを見事に押さえている。
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フランス語版。切手のようなデザイン。子ども時代のジャンドーだろうか。

原題: Le scaphandre et le papillon
英題: The Diving Bell and the Butterfly
製作総指揮: ピエール・グルンスタイン、ジム・ラムレイ
製作: キャスリーン・ケネディ、ジョン・キリク
監督: ジュリアン・シュナーベル
脚本: ロナルド・ハーウッド
原作: ジャン・ドミニク・ボビー
撮影: ヤヌス・カミンスキー
美術: ミシェル・エリック、ローラン・オット
音楽: ポール・カンテロン
衣装: オリヴィエ・ベリオ
特撮: ジョルジュ・ドゥメトロー
出演: マチュー・アマルリック(ジャン=ドミニック・ボービー、愛称ジャンドー)、エマニュエル・セニエ(セリーヌ・デスムーラン、ジャンドーの元妻、子3人の母)、マリー・ジョゼ・クローズ(アンリエット・デュラン、言語聴覚士)、アンヌ・コンシニー(クロード・マンディビル、口述筆記者、編集者)、パトリック・シェネ(ルパージュ、医師)、ニール・アレストリュ(ピエール・ルッサン、ハイジャック後人質になった乗客)、オラツ・ロペス・ガルマンディア(マリー・ロペス、理学療法士)、ジャン・ピエール・カッセル(リュシアン神父/ルルド売店の店主)、マリナ・アンズ(ジョゼフィーヌ、信心深い元恋人)、マックス・フォン・シドー(パピノ、ジャンドーの父)、イザーク・ド・バンコレ(ローラン、黒人の友人)、エマ・ドゥ・コーヌ(ウジェニー皇后、空想上)、ジャン・フィリップ・エコフェ(Dr. Mercier)、ジェラール・ワトカン(Le Docteur Cocheton)、ニコラ・ル・リッシュ(ニジンスキー、空想上)、アン・アルヴァロ(ベティ、ジャンドーが本を書く契約を結んでいた)、テオ・サンペオ(テオフィル、ジャンドーの息子)
編集: ジュリエット・ウェルフラン
配給: パテ(仏)、ミラマックス(米)、アスミック・エース(日)
公開: 2007年3月23日(仏)、2008年2月9日(日)
上映時間: 112分
キャッチコピー: ぼくは生きている。話せず、身体は動かせないが、確実に生きている。
 
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