thingstocome

ギンレイホールでやっていなかったら、きっと出会っていなかったであろう作品。
この作品を選定するセンスに拍手を送りたい。

観終わって、一番強く感じたのは、ストーリーから、作り物っぽさが徹底的に排除されている作品だということ。

普通の映画の中身は、映画的には自然に見えても、実際の世の中にあてはめると不自然な内容に満ちている。
話の流れ、会話のやりとり、演技等々が、本作はいたって自然。
裏を返すと、ドラマチックな話ではない。

その世界観を作り出す中心にいるのが、イザベル・ユペールが演じる主人公ナタリー。
薹が立っており、瑞々しいとはいえない年代。
しかし、それでも惹きつけられる魅力を備えている。

設定によると50代後半とのことだが、40代後半から50代前半ぐらいに見える。
作中の彼女自身のセリフに「40過ぎた女は生ゴミ」というのがあったから、そこに引きずられたのかもしれない。

彼女はとりたてて強いキャラクターとしては描かれていないが、問題にぶつかりながらも、大きく動揺することはなく、淡々と前に進んでいる姿が清々しくうつる

彼女が全米映画批評家協会賞主演女優賞などいくつかの賞を受賞しているのも、ちっとも不思議ではない。

彼女の生きる姿を見るためだけにでも、観る価値がある作品だ。
その姿を見ると、少しだけ力をもらえる。

ナタリーと夫、ナタリーと母親、ナタリーと教え子のファビアン。
それぞれの関係性も重要な要素ではあるのだが、それぞれそこまで踏み込まずあっさりと描かれているのも特徴的。

これみよがしではないところが、本作の真骨頂。

「未来よ こんにちは」のあらすじ

50代後半のナタリーはパリの高校で哲学を教えている。子供は二人とも大きくなり家を出ており、25年来の伴侶で同じく哲学教師のハインツとの仲も良好だ。鬱の気があり、度々自殺騒動を起こす一人暮らしの母は悩みの種ではあったが、教職のほかに参考書の執筆にも関わり、充実した日々を送っている。そんな折、夫が「好きな人ができた」と唐突に告白し家を出てしまう。折しも、認知症の症状が悪化し養老院に預けていた母が亡くなる。夫と別れ、母は亡くなり、ナタリーは一人となった。にわかに積年の荷が肩から下されたナタリーは、母が飼っていた猫のパンドラを連れて、かつての教え子であるファビアンが仲間と暮らすフレンチ・アルプス近くのヴェルコール山へと向かう。

以下、ネタバレも含みつつ、印象に残ったシーンを振り返る。

 - ad -

夫との関係性が、独特のトーンで描かれている。
長く連れ添った伴侶からの突然の告白という点では、『ラブ・アゲイン』と似た構図。
しかし、男女が逆なうえ、告白を受けたナタリーは、さほど動揺しているようにも見えないという点が大きく異なる。
当然、修羅場も登場しない。
とはいっても、感情が揺れていないわけではない。多少ヒステリックにはなる。
thingstocome_09
重くもなく、軽くもない。25年間をともにした夫。

thingstocome_04
夫が持って帰ってきて(?)飾ってあった花に、過剰に反応するナタリー。
これこそ女心なのだろうか。ここには強めの感情が現れていた。

 
もう一つの悩みの種が、鬱気味で自殺未遂騒動を何度も引き起こす母親。
thingstocome_06
母親がやたらオシャレなのが面白い。
この母娘の関係も、細かいところまでは触れられない。

猫アレルギーながら、母が亡くなったため仕方なくその飼い猫パンドラを引き取る。
thingstocome_08
パンドラを通して、母と娘の関係性を描こうとしていたのかもしれない。

 
ナタリーが哲学の教師であるという点も、彼女のキャラクターに大きく影響している。
なんとも思慮深いのだ。

映画館で、席はたくさん空いているのに、変な男が隣の席に座ってきて、映画館の外に出ても追いかけていきなりキスをする。
そこでも、比較的冷静に対処するナタリーの姿からも、変な落ち着きが感じられる。

thingstocome_01
夫の別荘では、電波がつながりにくく、携帯電話片手に海の浅瀬にまでどんどん入っていくナタリー。
この、あまり周りを気にしない性格がチャーミングではある。本が好きで、電車での移動中も本に夢中。

学校の授業の様子も、印象的。
想像力が幸福感を生む。だから幸福になる手前が一番幸福感が強い」といった感じの授業の中での言葉には大きく頷かされた。
thingstocome_03
屋外での哲学の授業風景。もしかすると夏休み中の課外授業的なものかもしれないが、いずれにしてもこの自由な雰囲気は憧れる。

 
この作品の中で、一番捉えにくいのが、ナタリーとファビアンの関係性。

自分はてっきり、ナタリーにとってのファビアンは、誇りに思っている、仲の良い教え子のようなものなのかと思っていた。
しかし、見方が間違っていたようで、実際のファビアンへの想いは、純粋な友人へのものというよりは、愛情が含まれていたよう。
公式のあらすじをみるに、そう受け取れる。
thingstocome_07
とはいえ、ファビアンはナタリーをそうは見ていない。

旦那は女を作り家を出て行き、母親は急逝、子どもも手がかからない。
そして容姿もその年代にしては美しい女性が主人公ときたら
通常は運命の人に出会ったりしそうなものだが、本作ではそれはかなわない。

 
ファビアンらが暮らす田舎の一軒家の環境の素晴らしさが印象に残る。
thingstocome_05
朝食もこうして外で食べるなど、優雅な田舎暮らしへのあこがれを煽る要素がチラホラ登場する。
キャリーケースに入れてここへ運ばれているパンドラの様子を見ていたら、猫相手にまで羨ましさを感じてしまったほど。

パンドラが外へ出たっきり帰ってこず心配をしたことがきっかけで、ナタリーのパンドラへの愛情がわかりやすく高まるところはやや作り物っぽく感じたが、その後あっさりとファビアンに譲るあたりは、変にスパっとしててしっくり来た。

 
ラスト近く、娘の子どもをあやすナタリー。
thingstocome_02
ここでThe Fleetwoodsというアーティストによる「Unchained Melody」が流れ、エンディングとなる。
いい曲だ。
「Unchained Melody」と言えば『ゴースト』。
ということで、『ゴースト』も久しぶりに観たくなった。
もう15年は観ていないだろう。

なお、フランス語の原題の「L’avenir」は”未来”という意味。
確かに、題名が「未来」だけだと寂しすぎる気はするが、
「未来よ こんにちは」だと女性的で柔らかく、印象が異なってくる。
制作サイドの思いは、もうちょっと強い意志なのではないのかと推測。

ところで、この作品の時間軸は、子どもたちがまだ小さい10~20年ほど前の時期、現在、そして一年後という3つの構成になっている。
その中で、ほんの短い時間しか割かれない10~20年ほど前の時期の必要性がそこまで感じられなかった。
時が積み重ねられてきたことを観客に受け入れてもらうための構成なのだろうか。
またそのシーンに、象徴的にシャトーブリアンの墓が出てくるが、私にはピンと来ず。
フランス人だったら違った感覚で見れるのだろうか。
なお、シャトーブリアンとは18世紀の後半から19世紀の前半にかけて活躍した、政治家および作家で、最高級のステーキ「シャトーブリアン」の名前の由来の人でもある。

 
最後に、バージョン違いのチラシ・DVDパッケージデザインを紹介。
thingstocome_jp
日本語版。だいぶやわらかい印象。
説明も多い。

原題: L’avenir
英題: Things to Come
製作: シャルル・ジリベール
監督: ミア・ハンセン・ラヴ
脚本: ミア・ハンセン・ラヴ
撮影: デニス・レノア
美術: アンナ・ファルグエレ
衣装: レイチェル・ラウール
編集: マリオン・モニエ
出演:
イザベル・ユペール/ナタリー・シャゾー
アンドレ・マルコン/ハインツ、夫
ロマン・コリンカ/ファビアン、教え子
エディット・スコブ/イヴェット、母
サラ・ル・ピカール/クロエ、娘
ソラル・フォルト/ヨアン、息子
エリーズ・ロモー/エルザ
リオネル・ドレー/ユゴー
グレゴワール・モンタナ=アロシュ/シモン
リナ・ベンゼルティ/アントニア
イヴ・エック/男性編集者
 
製作会社: Arte France Cinéma、CG Cinéma、Detail Film、Rhône-Alpes Cinéma
配給: レ・フィルム・デュ・ローザンジュ(仏)、クレストインターナショナル(日)
公開: 2016年2月13日 (独BIFF)、2016年4月6日(仏)、2017年3月25日(日)
上映時間: 102分
製作費: $3,200,000
興行収入: $5,500,000
 
ギンレイホールにて観賞